東海豪雨から26年、名古屋の排水能力はどう変わった? 2026年9月8日の記録的大雨から考える名古屋の水害対策
2026年9月8日、名古屋市は猛烈な雨に見舞われました。
名古屋地方気象台では午後4時53分までの1時間に104.5mmの雨量を観測。これは、2000年9月の東海豪雨で記録した1時間97mmを上回る観測史上最大の雨量となりました。市内各地では道路冠水や鉄道への浸水が発生し、地下鉄やJR、名鉄など交通網にも大きな影響が出ました。
こうした光景を見て、
「名古屋は東海豪雨を経験しているのに、排水対策は進んでいなかったのか?」
「これほど冠水するなら、25年間何をしてきたのだろう?」
と疑問に思った方もいるでしょう。
しかし、実際には逆です。
名古屋市は東海豪雨を大きな転換点として、この四半世紀、全国でもかなり大規模な雨水排水能力の増強を続けてきました。
ポンプを増強し、下水管を太くし、地下に巨大な雨水貯留施設を造り、さらに雨水そのものを一時的に地下へ逃がす巨大トンネルまで整備しています。
では、この25年間で名古屋の地下では何が変わったのでしょうか。
排水設備を中心に見ていきます。
そもそも名古屋はなぜ水害に弱いのか
名古屋の水害を理解するには、まず地形を見る必要があります。
市内には比較的標高の高い東部丘陵地がある一方、西部には庄内川、新川周辺を中心として海抜の低い平坦地が広がっています。
こうした地域では、雨水を高低差だけで河川へ流す「自然排水」が難しい場所があります。
そこで重要になるのが雨水ポンプ所です。
道路や住宅地に降った雨は雨水ますや下水管へ入り、ポンプ排水区域では雨水ポンプによってくみ上げられ、河川や運河、海へ排出されます。
名古屋市には自然の勾配を利用して排水する区域と、ポンプで強制的に排水する区域があり、とりわけ低地ではポンプが都市を水没から守る重要なインフラになっています。
ところが、都市化すると問題が起こります。
田畑や空き地では雨の一部が地中へ染み込みますが、道路、建物、駐車場などがアスファルトやコンクリートで覆われると、降った雨の多くが短時間で下水道へ流れ込むようになります。
つまり同じ50mmの雨でも、都市化された街では下水道へ集中する水量が増えるのです。
名古屋市もこの問題を認識し、河川や下水道だけでなく、公園や学校などに雨水を一時的に貯める「雨水流出抑制」を進めてきました。
名古屋の水害対策は東海豪雨以前から始まっていた
実は名古屋市の本格的な排水対策は、東海豪雨から始まったわけではありません。
1979年、名古屋市は「名古屋市総合排水計画」を策定しました。
市内の河川、下水道、排水ポンプなどを組み合わせ、都市全体として雨水をどう排出するかという計画です。
その基本となった一つの目安が、
1時間50mm程度の雨に対応すること
でした。
名古屋市は長年、5年に1回程度発生すると想定される1時間50mmの降雨に対応できるよう、下水道や排水施設を整備してきました。
しかし2000年、その想定を大きく超える雨が降ります。
2000年9月、東海豪雨がすべてを変えた
2000年9月11日から12日にかけて発生した東海豪雨では、名古屋地方気象台で最大1時間雨量97mmを記録しました。
当時の計画降雨量を大幅に超える雨でした。
道路や住宅地から大量の水が下水道へ流れ込み、下水管、ポンプ、河川などの雨水排水能力を超え、市内各地で大規模な浸水が起きました。
ここで名古屋市の考え方が変わります。
「市内全域を50mm対応にする」だけではなく、
過去に大きな浸水被害を受けた地域や、名古屋駅など都市機能が集中する地域については、さらに一段高い排水能力を持たせる
という方針です。
これが「緊急雨水整備事業」です。
東海豪雨後に始まった「緊急雨水整備事業」
緊急雨水整備事業では、主に次の3つが強化されました。
① 雨水ポンプを強くする
② 下水管を増強する
③ 地下に雨を一時的に貯める
です。
従来は1時間50mm程度が基本だったところを、被害の大きかった地域などについては原則として1時間60mm程度に対応する施設へレベルアップしました。
ここで面白いのは、単に排水管を太くしただけではないことです。
豪雨というのは短時間に大量の水が押し寄せます。
すべてを瞬間的に川へ流そうとすると、巨大な管と巨大なポンプが必要になります。
そこで名古屋市は、
「すぐに流せない分はいったん地下に貯め、雨が弱くなってから排水する」
という方式を大規模に取り入れました。
これが「雨水調整池」です。
雨水を地下に貯める都市へ
雨水調整池は、簡単に言えば「街の地下に造った巨大な一時貯水槽」です。
豪雨時に下水管へ入った雨を一時的に逃がし、道路へあふれるのを抑えます。
名古屋市上下水道局の資料によると、2022年度末時点で上下水道局が管理する雨水貯留施設は104か所。
その総貯留容量は893,180立方メートルに達しています。
さらに東海豪雨などを受けた緊急雨水整備事業だけでも、雨水調整池47か所、約46万立方メートル分が整備され、15施設でポンプ増強工事が行われてきました。
数字で見ると、この25年間の変化がよく分かります。
東海豪雨以前と緊急雨水整備事業完成後を比較すると、
| 設備 | 東海豪雨以前 | 整備後の計画規模 |
|---|---|---|
| ポンプ排水能力 | 約51,300m³/分 | 約64,700m³/分 |
| 雨水貯留量 | 約140,000m³ | 約875,000m³ |
| 変化 | ― | ポンプ約1.3倍、貯留量約6.3倍 |
となります。
特に大きいのが貯留能力です。
名古屋はこの25年間で、「雨をすぐ外へ出す都市」だけではなく、「猛烈な雨が来たら一度地下で受け止める都市」へ変わってきたとも言えます。
2008年8月末豪雨でさらに対策を強化
しかし、東海豪雨後に整備を進めている途中だった2008年8月にも、名古屋は大規模な豪雨に襲われました。
平成20年8月末豪雨です。
西区那古野などをはじめ市内で再び浸水被害が発生し、名古屋市は「第2次緊急雨水整備計画」などによって対策を追加していきます。
その代表的な対象の一つが、名古屋駅周辺です。
名駅周辺は商業施設、地下街、鉄道などが集中しています。
たとえ浸水面積が小さくても、経済・交通への影響は非常に大きくなります。
そこで名古屋市が進めているのが、国内でもかなりスケールの大きい地下雨水施設です。
名古屋駅の地下50mに造られた「巨大な水の避難場所」
その代表が名古屋中央雨水調整池です。
西区天神山町付近から中川区山王付近まで、地下約50mを通る巨大なトンネル型雨水貯留施設です。
その規模は、
- 内径:約5.75m
- 延長:約5km
- 平均深さ:約50m
- 貯留量:約104,000m³
です。
小学校のプール約416杯分に相当します。
つまり名駅周辺などに集中する雨水を地下約50mまで落とし、5kmにわたる巨大トンネルの中へ一時的に貯めるわけです。
そして貯まった水を排出する役割を担うのが広川ポンプ所です。
広川ポンプ所は深さ約65m。
完成時の施設能力は約13m³/秒で、雨水を中川運河へ排出します。
ただし、この巨大システムは2026年9月現在、すべての接続工事が完了したわけではありません。
名古屋中央雨水調整池そのものは建設済みで、現在約10万m³の貯留機能を確保していますが、調整池と広川ポンプ所を結ぶ山王橋雨水幹線は現在も工事中で、2028年度末の完成が目標とされています。
つまり名古屋の排水能力強化は、東海豪雨から25年以上たった現在も続いています。
2019年、名古屋はさらに目標を引き上げた
そしてもう一つ重要な転換点があります。
2019年度の「名古屋市総合排水計画」改定です。
現在、名古屋市が掲げている目標は、
1時間63mmの雨に対して、浸水被害をおおむね解消する
そして、
1時間約100mmの雨に対しても、床上浸水をおおむね解消する
というものです。
ここには少し注意が必要です。
「100mm/hに対応」というのは、
100mmの雨をすべて下水道で瞬時に排水できる
という意味ではありません。
63mm程度については道路冠水などを含め浸水自体を極力起こさないことを目指します。
それを超える100mm級の豪雨では、道路など一部が冠水する可能性はあるものの、住宅内部まで水が入る「床上浸水」のような深刻な被害を極力防ぐ。
つまり降雨の規模に応じて守るレベルを変える考え方です。
これは非常に重要です。
では、なぜ2026年9月8日はあれほど道路が冠水したのか
ここまで読むと、
「それだけ整備しているなら、なぜ昨日は道路が川のようになったのか?」
と思うでしょう。
理由の一つは、雨そのものが非常に異常だったことです。
9月8日、名古屋地方気象台では1時間104.5mmを観測しました。
東海豪雨時の97mmを上回る観測史上最大値です。
現在の名古屋市が「浸水そのものを概ね解消する」としている基準は63mm/h。
昨日の雨は、それをはるかに超えています。
また雨水排水は、
「ポンプ能力が何m³あるか」
だけで決まりません。
道路から雨水ますへ入る能力、下水管の能力、地下貯留施設の容量、ポンプ能力、そして最後に雨を放流する河川の水位。
このすべてが影響します。
たとえば1時間100mmという雨は、1平方kmに降れば10万m³の水になります。
極めて狭い範囲であっても、短時間に莫大な水が街へ供給されるのです。
道路から下水管へ水を取り込む速度そのものが追いつかなければ、ポンプ能力に余裕があったとしても一時的な道路冠水は起こり得ます。
「ポンプを増やせば解決」ではない理由
さらに難しいのが、排水先の河川との関係です。
雨水ポンプは下水管に集まった水を川へ送り出します。
しかし豪雨時には、その川自身も増水しています。
河川の水位が危険な高さまで上昇した状態で大量の水をさらにポンプで送り込めば、河川氾濫のリスクを高める場合があります。
そのため名古屋市では、河川の越水・破堤によるより大きな被害を防ぐため、状況によっては雨水ポンプの運転を抑制・停止する「運転調整」が行われる場合があると説明しています。
つまり都市排水では、
「街の水を早く川へ捨てること」と「川をあふれさせないこと」を同時に考えなければならない
のです。
なお、2026年9月8日の個々のポンプについて実際にどのような運転調整が行われたのか、また冠水地点ごとに排水能力がどの程度機能したのかについては、現時点では詳細な検証結果は公表されていません。
したがって今回の冠水を見て、「ポンプが動かなかった」「排水設備が機能しなかった」と判断するのは早計です。
昨日の雨は「東海豪雨を想定した街」をもう一度試した
2026年9月8日の104.5mm/hという数字には象徴的な意味があります。
名古屋市はこの25年間、
「二度と東海豪雨のような被害を起こさない」
という発想で排水設備を増強してきました。
そして現在の計画でも、約100mm/hという東海豪雨クラスの降雨を想定し、少なくとも床上浸水のような深刻な被害を極力減らそうとしています。
ところが今回、その基準となっていた東海豪雨の97mmを超える104.5mm/hが実際に降りました。
道路は冠水し、千種駅付近では線路が水に覆われ、交通網は大きな影響を受けました。
一方、9月9日朝時点で報じられている愛知県内の住家被害は、床上浸水7棟、床下浸水21棟などで、今後さらに被害確認が進む可能性があります。
東海豪雨と単純比較するにはまだ早く、降雨分布や河川氾濫の状況も異なるため、「排水対策によって何棟救われた」と現時点で評価することはできません。
今回の豪雨については、今後名古屋市が公表する浸水区域、排水ポンプ稼働状況、貯留施設の使用状況などを含む事後検証を見る必要があります。
名古屋が25年間やってきたことを整理すると
名古屋の水害対策を排水という視点から整理すると、次のようになります。
| 時期 | 主な考え方 |
|---|---|
| 1979年~ | 総合排水計画。市全域で50mm/h級に対応する下水・河川整備 |
| 2000年 | 東海豪雨。97mm/hという想定を超える豪雨 |
| 2000年代~ | 緊急雨水整備事業。被災地域・都市中心部を60mm/h級へ強化 |
| 2008年~ | 8月末豪雨を受け第2次緊急雨水整備。名駅周辺などをさらに強化 |
| 2010年代~ | ポンプ増強、管きょ増強、巨大雨水調整池を継続整備 |
| 2019年度~ | 63mm/hで浸水概ね解消、約100mm/hで床上浸水概ね解消へ |
| 2020年代 | 名古屋中央雨水調整池・広川ポンプ所など超大型地下施設を整備 |
| 2026年 | 観測史上最大104.5mm/hを記録 |
| 2028年度末予定 | 名古屋中央雨水調整池と広川ポンプ所を結ぶ関連工事完成目標 |

これから必要なのは「排水能力を無限に上げること」だけではない
気候変動によって、従来の想定を超える雨が全国各地で増えています。
しかし100mm、120mm、150mmという雨のすべてを下水道だけで瞬時に排出できる都市を造ることは、技術面でも費用面でも現実的ではありません。
だから現在の都市型水害対策は、
流す
貯める
染み込ませる
建物を守る
危険な場所から逃げる
という多層防御になっています。
名古屋市も、公園や学校などへの雨水貯留・浸透施設の整備に加え、住宅や事業所への雨水タンクなどの流出抑制施設設置を促しています。
つまり、水害対策の考え方自体が、
「水を全部地下水道へ流せばよい」
から、
「街全体で一時的に水を受け止める」
方向へ変わっているのです。
まとめ――昨日道路が冠水したからといって、25年間の対策が無意味だったわけではない
2026年9月8日の名古屋の光景だけを見ると、
「東海豪雨から何も学んでいないのではないか」
と思うかもしれません。
しかし実際には、名古屋は東海豪雨を契機として、
ポンプ排水能力を増強し、
巨大な雨水調整池を次々と造り、
下水管を増強し、
地下50~65mにも及ぶ巨大な雨水排水システムを建設してきました。
東海豪雨以前と比較すると、緊急雨水整備事業完成時のポンプ能力は約1.3倍、雨水貯留能力は約6.3倍になる計画です。
そのうえで、現在の目標は63mm/hで浸水被害を概ね解消し、約100mm/hでも床上浸水を概ね防ぐことです。
そして2026年9月8日。
名古屋には、その「約100mm」をさらに上回る104.5mm/hという観測史上最大の雨が降りました。
今回の豪雨は、ある意味で東海豪雨から25年間かけて造ってきた名古屋の治水システムが、再び極限状態で試された日だったとも言えます。
道路冠水の映像だけでは、この25年間の設備がどれだけ被害を抑えたのかは分かりません。ただ、驚異的なスピードで冠水地域が解消されていくのを見て名古屋市の排水システムの凄さが全国的に知れ渡ったのも事実です。
重要なのは今後、
「どこにどれだけ雨が降ったのか」
「各雨水調整池に何m³入ったのか」
「各ポンプ所が何時間、どれだけ排水したのか」
「河川水位上昇による運転調整はあったのか」
「同程度の雨だった東海豪雨と比べ、床上・床下浸水はどこまで減ったのか」
というデータを検証することです。
そこまで分かれば、初めてこの25年間の対策の本当の効果を評価できます。
そして今回の104.5mmという新しい記録は、名古屋の次の25年の水害対策を考える、新たな基準になるのかもしれません。
主な参考資料
名古屋市上下水道局「東海豪雨や平成20年8月末豪雨等を受けての対策(緊急雨水整備事業)」
名古屋市上下水道局「上下水道局が行う大雨に対する備え」
名古屋市上下水道局「ともにつくる 大雨に強いまち なごや」
名古屋市上下水道局「雨からまちを守る施設(雨水ポンプ所と雨水貯留施設)」
名古屋市上下水道局「雨水ポンプ所一覧」
名古屋市「雨水流出抑制」
名古屋市上下水道局「名古屋中央雨水調整池 工事概要」
名古屋市上下水道局「名古屋中央雨水調整池 進捗状況」
名古屋市上下水道局「広川ポンプ所 工事概要」
気象庁「名古屋 2026年9月8日の観測データ」
名古屋市「2026年9月8日大雨に伴う災害情報」