ガミースマイルボトックス 海外の注入法と医学的根拠
ガミースマイルボトックスは、笑ったときに上唇を過剰に持ち上げる筋肉の働きを一時的に弱め、歯肉の露出を減らす治療です。特に、上唇挙筋群の過活動が主因で、歯肉露出がおおむね軽度から中等度のケースに向いています。メタ解析では治療2週後に平均約3.2〜3.4 mmの歯肉露出減少が報告されていますが、効果は次第に弱まり、24週前後には治療前に近づく傾向があります。[1,2]
海外では、鼻翼外側の上唇鼻翼挙筋を狙う方法、3筋の作用が集まるYonsei pointを左右1点ずつ狙う方法、1側2点の多筋法、前方型・後方型・混合型・非対称型に合わせたタイプ別注入法などが使われています。ただし、製剤、希釈、注入深度、投与量は研究間で大きく異なり、国際的に統一された標準プロトコルはまだありません。[3]

ガミースマイルとは
ガミースマイルは、笑ったときに上顎の歯肉が多く見える状態です。研究では2 mm以上または3 mm以上を基準にすることがありますが、病気というより、歯・歯肉・上顎骨・上唇・表情筋のバランスによって生じる審美的特徴です。見える量だけでなく、左右差、前歯部と臼歯部のどちらが目立つか、歯冠の長さ、顔の縦方向の比率などを合わせて評価します。[4,5]
原因を見分けることが最重要
ボトックスが効きやすいのは筋肉性のガミースマイルです。骨格性・歯槽性・歯肉性の原因をボトックスだけで完全に治すことはできません。実際には複数の原因が重なっている患者さんも少なくありません。[4-6]
| 主な原因 | 診察で確認すること | 主な治療の方向性 |
| 上唇挙筋群の過活動 | 安静時の上唇長は概ね正常だが、笑顔で上唇が大きく上がる | ボツリヌストキシン、リップリポジショニング |
| 短い上唇 | 鼻下から上唇縁までが短く、安静時から歯が見えやすい | 原因と希望に応じた外科的治療など |
| 上顎骨の垂直的過成長 VME | 下顔面が長い、口唇閉鎖不全、笑顔で広範囲の歯肉露出 | 顎矯正手術、矯正治療。軽症や筋性併存では補助的にボトックス |
| 受動萌出遅延 APE | 歯冠が短く四角く見え、歯肉が歯冠側を覆う | 歯肉切除、歯冠長延長術 |
| 前歯の過萌出・歯槽性要因 | 咬合平面、前歯位置、過蓋咬合など | 矯正治療、アンカースクリュー等 |
| 歯肉増殖 | 炎症、薬剤、プラーク、全身疾患など | 原因治療、歯周治療 |
治療で狙う主な筋肉
| 略語 | 筋肉 | 役割と臨床上の意味 |
| LLSAN | 上唇鼻翼挙筋 | 鼻翼と上唇を挙上する。前歯部のガミースマイルで最も頻繁に標的となる |
| LLS | 上唇挙筋 | 上唇中央から外側を挙上する。LLSANと併用する多点法がある |
| ZMi | 小頬骨筋 | 上唇外側を挙上する。Yonsei pointを構成する3筋の一つ |
| ZMa | 大頬骨筋 | 口角を上外側へ引く。後方型や混合型で追加標的になることがある |
| OO | 口輪筋 | 上唇の反転や形態に関与。浅いlip flip型アプローチが比較研究されている |
| DSN | 鼻中隔下制筋 | 笑顔時の鼻尖下垂などに関与するが、ガミースマイルの主標的ではない |

海外で用いられる代表的な注入法
以下は海外論文に掲載された代表例です。投与量は主としてonabotulinumtoxinA換算の研究値であり、患者への一律の推奨量ではありません。製剤ごとの単位は互換ではなく、別製剤へ数字をそのまま置き換えることはできません。[7,8]
1 LLSAN単独法
鼻翼外側付近で左右の上唇鼻翼挙筋を狙う、最も単純な方法の一つです。前歯部優位の筋性ガミースマイルに適します。2012年の簡略法や、その後の臨床試験で有効性が報告されています。[9,10] 2023年のランダム化比較試験では、左右各3 U、合計6 UをLLSAN部位へ投与した群とYonsei point群で、4〜24週の改善に有意差はありませんでした。[11]
2 Yonsei point法
Yonsei pointは、LLSAN、LLS、ZMiの3筋の走行が集まる鼻翼外側の三角形の中心として、韓国・延世大学の解剖研究から提案されました。[12] 左右1点ずつで複数の上唇挙筋へ作用させられる点が利点です。海外研究では1側3 U、経験的報告では1側4 Uなどが用いられていますが、深度や用量の統一基準はありません。[11,13]
Yonsei pointは便利な目安ですが、固定座標として盲目的に扱うものではありません。顔幅、鼻翼幅、筋量、人種差、笑顔時の動きには個人差があるため、最大笑顔の動画・触診・左右差から標的を補正します。
3 2点法と4点法
左右1点ずつの2点法と、1側2点ずつの4点法を比較したランダム化研究では、2点法は1側2.5 U、4点法は1側合計5 Uを用い、4点法の方が中央・外側の歯肉露出と満足度で優れていました。[14] 別の比較研究では、LLSANのみを左右1点ずつ各2 Uで狙う群と、LLSANとLLSを1側2点、各2 Uで狙う群が比較されています。[15]
多点法は広い範囲を調整しやすい反面、総投与量と拡散範囲が増え、笑顔の平坦化、上唇下垂、左右差、口唇機能への影響が出る可能性があります。『点数が多いほど常に良い』わけではありません。
4 Mazzuco and Hexselのタイプ別注入法
海外で広く引用される考え方が、歯肉の見え方を前方型、後方型、混合型、非対称型に分け、主働筋を変える方法です。原著ではabobotulinumtoxinAを用い、平均改善率75.09%が報告されました。[16]
| タイプ | 見え方 | 主に考える標的 | 設計上の考え方 |
| 前方型 | 主に犬歯間の歯肉が見える | LLSAN、LLS、ZMiまたはYonsei point | 中央の上唇挙上を抑える |
| 後方型 | 小臼歯〜臼歯部の歯肉が目立つ | ZMi、ZMa | 口角寄りの挙上ベクトルを弱める |
| 混合型 | 前方・後方とも広く見える | 前方型と後方型の標的を組み合わせる | 重複領域の過量投与を避け、分散して調整 |
| 非対称型 | 片側の歯肉露出が強い | 高い側の標的筋を中心に左右差を調整 | 安静時・会話時の非対称も確認する |
5 3点法または広範囲多筋法
Suberらは、左右それぞれ3部位に平均1側5 U、計4〜6 Uを投与し、前歯部で85%、犬歯部で83%の平均改善を報告しました。[17] 前方から外側まで強い『cuspid smile』を対象にした方法で、広範囲の筋過活動には合理的ですが、軽症例へ同じ設計を適用すると過矯正になり得ます。
6 口輪筋アプローチ
口輪筋上部へ浅く投与する方法は、一般にlip flipとして知られる考え方に近く、上唇の形態や反転を調整します。LLSAN法との比較研究では、両群とも歯肉露出が減少しましたが、15日後の減少量はLLSAN群の方が大きい結果でした。[10] 口輪筋への過量投与は、ストロー使用、発音、口唇閉鎖、飲水などへ影響し得るため、ガミースマイルの主治療として安易に置き換えるべきではありません。
7 超音波を用いた精密注入
高周波超音波では、LLSAN、LLS、鼻筋群、顔面動脈系との位置関係を確認できます。超音波ガイド下のボツリヌストキシン注射は、針先と標的筋を可視化し、隣接筋や神経血管束への不要な侵入を避ける可能性があります。[18,19] ただし、ガミースマイルに対する超音波ガイド法が臨床転帰を明確に改善するという比較エビデンスはまだ限定的です。再治療例、解剖学的左右差が強い例、鼻周囲手術後などで検討される発展的手法です。



海外プロトコル比較
| 文献 | 対象・デザイン | 注入方法 | 主な結果 |
| Polo 2005 [20] | 筋性EGD 5例のパイロット研究 | LLS・LLSANを中心に個別調整 | 歯肉露出が減少。初期臨床研究 |
| Mazzuco 2010 [16] | 16例、タイプ別治療 | 前方・後方・混合・非対称で標的変更。ABO製剤 | 平均75.09%改善 |
| Suber 2014 [17] | cuspid smile 14例 | 1側3点、ONA平均5 U/側 | 前歯部85%、犬歯部83%改善 |
| Al Wayli 2019 [21] | 女性45例 | Yonsei point各側3 U | 単一点法で有効。2〜36週評価 |
| Cengiz 2020 [10] | 28例ランダム比較 | LLSAN vs 口輪筋 | 両群改善、LLSAN群で減少量大 |
| Aldhaher 2022 [14] | 40例ランダム比較 | 2点法2.5 U/側 vs 4点法5 U/側 | 4点法で測定値・満足度が良好 |
| Costa 2022 [15] | 臨床比較予備研究 | 2点 LLSAN vs 4点 LLSAN+LLS、各点2 U | 多点法を臨床・筋電図で比較 |
| Gong 2023 [11] | 49例二重盲検RCT | Yonsei point 3 U/側 vs LLSAN 3 U/側 | 4〜24週で両群改善、群間差なし |

実際の診察で行う評価
・安静時、軽い笑顔、最大笑顔を正面・斜位・側面から写真または動画で記録する
・中切歯中央、犬歯、小臼歯部で歯肉露出量を測定し、前方型・後方型・混合型・非対称型を判定する
・安静時の上唇長、笑顔時の上唇移動量、歯冠長、歯肉縁、咬合、上顎の垂直的比率を確認する
・鼻翼挙上、鼻尖下垂、口角の外上方移動、上唇の内反・外反を観察する
・過去の鼻手術、フィラー、糸、口唇手術、矯正・歯周治療、ボツリヌストキシン歴を確認する
効果はいつから出て何か月続くか
| 時期 | 一般的な変化 |
| 3〜7日 | 徐々に上唇の上がり方が弱くなる |
| 1〜2週 | 効果が明瞭になり、評価・必要時の微調整を行う時期 |
| 2〜4週 | 多くの研究で最大効果が確認される時期 |
| 3〜4か月 | 徐々に筋活動が回復する |
| 4〜6か月 | 治療前に近づくことが多い。個人差が大きい |
2022年のメタ解析では、2週後の歯肉露出減少は平均3.42 mmで、12週以上の効果が期待できる一方、24週には治療前に近づく傾向でした。[2] 2023年の別メタ解析では2週後の平均減少量は3.22 mmで、研究間のばらつきが大きいことも示されています。[1]
副作用と失敗例
系統的レビューでは有害事象は概して軽度・一過性でしたが、口周囲は日常機能に関わるため、少量でも患者さんが違和感を感じることがあります。[3]
・笑顔の左右差、口角の高さの差
・上唇が下がりすぎる、笑顔が平坦になる
・上唇が長く見える、人中が長く見える
・口唇閉鎖の違和感、飲水時のこぼれ、ストローを吸いにくい
・発音しにくい、口笛を吹きにくい
・上唇の内反、赤唇が薄く見える
・鼻翼運動やほうれい線の見え方の変化
・注射部位の痛み、赤み、腫れ、内出血、頭痛
・極めてまれな遠隔筋への作用や全身症状
過矯正をその場で薬剤によって完全に解除する方法はありません。口周囲は『最初は控えめに、1〜2週後に評価し、必要な場合だけ追加する』設計が安全性と自然さの点で合理的です。
受けられない人と慎重な判断が必要な人
・注射予定部位に感染や強い皮膚炎がある人
・製剤成分に対する過敏症歴がある人
・重症筋無力症、Lambert-Eaton症候群など神経筋接合部疾患がある人
・嚥下障害、呼吸障害、著しい顔面神経麻痺がある人
・妊娠中・授乳中、妊娠を希望している人
・アミノグリコシド系抗菌薬、筋弛緩薬など作用を増強し得る薬剤を使用している人
・もともと上唇が長い、口唇閉鎖力が弱い、発音・管楽器演奏など口唇機能が重要な人
施術後の注意
・当日は注射部位を強くこすったり圧迫したりしない
・内出血を増やしやすい激しい運動、長時間の入浴、過度な飲酒は当日控える
・効果判定は直後ではなく、原則1〜2週間後に最大笑顔で行う
・左右差が気になっても、自己判断で別施設へすぐ追加注射を受けず、最初の施術医へ相談する
・飲み込みづらさ、呼吸しづらさ、全身の強い筋力低下などが出た場合は速やかに医療機関へ連絡する
ボトックスが向かないガミースマイル
歯が短く見える受動萌出遅延では歯冠長延長術、上顎骨の垂直的過成長が強い場合は顎矯正手術、前歯の過萌出では矯正治療など、原因に対応した治療が必要です。[4-6] ボトックスは骨や歯肉の形を変えないため、構造的原因が強い症例では効果が限定的です。一方、構造的原因に上唇過活動が重なる場合には、他治療の補助または手術前のシミュレーションとして利用されることがあります。[22,23]
よくある質問
Q : 何単位打てばよいですか
A : 研究ではonabotulinumtoxinAで1側1.25〜6 U、abobotulinumtoxinAで1側2.5〜7.5 Uと幅があります。[3] 製剤単位は互換ではなく、歯肉露出量だけでなく筋量、性別、左右差、標的筋、過去の治療反応で調整します。数字だけを比較することはできません。
Q : Yonsei pointが一番よい方法ですか
A : 簡潔で再現性の高い方法ですが、すべての症例で最良とは限りません。2023年のRCTでは同量のLLSAN法と同程度の有効性でした。[11] 後方型や左右差の強い症例では、ZMa・ZMiへの追加や非対称設計の方が適する可能性があります。
Q : 歯肉露出が多いほど多く打てばよいですか
A : 単純な比例関係ではありません。メタ回帰では投与単位数と減少量に有意な関係が示されなかった報告があります。[1] 重症例では骨格性・歯槽性・歯肉性原因の評価がより重要です。
Q : 繰り返すと治りますか
A : 基本的には一時的治療です。反復治療後に効果が長く感じられるケースはありますが、永久的な治癒を保証する十分なエビデンスはありません。効果が切れるたびに必ず同量を機械的に繰り返すのではなく、毎回笑顔の動きを再評価します。
医師からのまとめ
ガミースマイルボトックスの成否は、注入点の名前よりも診断で決まります。筋性か構造性か、前方型か後方型か、左右差があるかを見極め、最小限の標的と投与量から始めることが自然な笑顔につながります。海外ではYonsei point法が有名ですが、LLSAN単独法、多点法、タイプ別法にも根拠があり、患者ごとの表情筋ベクトルに合わせて選択することが重要です。
日本では、ガミースマイルに対するボツリヌストキシン投与は承認適応外となるのが一般的です。治療前には使用製剤、未承認・適応外使用の扱い、期待できる変化、代替治療、費用、持続期間、副作用について十分な説明を受けてください。
参考文献
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